初日: 8月2日
行程: 中ノ沢への放水口の広場出発(06:30)〜東京電力取水門(07:15−07:30)〜軌道跡崩落地点(07:59)〜銚子の口(08:18)〜再び軌道跡(09:00)〜観音滝上部へ降下(09:23)〜中津川林鉄橋脚跡(09:30)〜大岩越え(09:55)〜大釜のテラス越え(10:20)〜権現滝出合い(11:48)〜神楽滝の大高巻き開始(11:56)〜夫婦滝(12:48)〜静滝(12:59)〜熊落滝(13:28ー14:25)〜左岸標高1,540mへ脱出(15:35)〜ヤケノママ着(17:18)
福島県はオホーツク海高気圧下にあって涼しい日が続いていたが、1日の天気予報では翌2日午後から太平洋高気圧が張り出して晴れるとのこと。チャンス到来。涼しい大気が残るうちに遡行して、快晴の下で余裕で山歩きすることにしよう。
早朝、猪苗代の平野部には濃い霧が発生しており、放射冷却が起きていると思われた。つまり晴れ上がる兆候である。予想通り、裏磐梯に進むにつれて青空が広がる。日光が山歩きの触媒となる自分にとって最高のスタートである。
中津川から小野川湖支流の中ノ沢に放水する場所が広場になっており、ここに車を置いていく。その先は通行止めになっており、中津川取水門まで約45分の林道歩きとなる。荷造りをしていて、高度計が無いことに気づきがっかり。熊落滝からヤケノママまで道無き原生林を1.5km歩くのに最も頼りとなるべき道具であったからだ。まあ、一度歩いて大体の様子は把握しているので、なんとかなるだろうと気を取り直して出発。できるだけ荷物の重量を減らしたつもりだが、それでも異様な重さである。乾燥重量だけで20kgはあるだろう。常用しているザックに全ての荷物が収まらないのでサブのザックをくくりつけたが、密着度が悪いので歩く度に上下に大きく振動してエネルギーを奪われる。「本当に体がもつんかいな?」という不安を抱えながらも林道をゆっくりと歩いていく。2日前に猪苗代の林道でシイタケ栽培農家の人がクマに襲われたばかりなので、今回は投げ釣りの竿先に着ける鈴を携行。
前日の雨のせいで下見の時より若干水位が高めだが遡行には支障ない。水も透明である。さっそく沢歩きの装備に着替えて渡渉し、対岸(左岸)の傾斜の緩そうな場所に取り付く。この辺りでは軌道跡の高さは沢底から30m程度だろうか。軌道跡は薮になっているが、渓流釣り客が利用しているらしく辿るのは容易である。しばらく歩くと軌道跡崩落地点に達する。足元は銚子の口の断崖であり、墜落したら確実に死ぬ。ここを渡った方の記録に拠ると足を掛ける場所はあるとのことだが、重い荷物を担いでいるので危険を冒したくない。ちょっと後戻りして、傾斜の緩そうなチシマザサとマタタビ・ヤマブドウの蔓の薮をすべり下って銚子の口の下に降りる。
銚子ノ口(標高約m) 08:18
滝の落差はたいしたことがないのに釜がでかい。大雨時の増水ぶりを想像するとぞっとする。
左岸(写真右側)の水線に沿ってホールドがあり、落ち口までへつることができる。あまり危険は感じない。
そのままゴルジュ奥へ進みたいところだが、水路の途中でホールドが無くなるので、反対(右岸側)に移らなければならない。水量が多いときは苦労するかもしれない。水勢に負ければ押し流されて釜にドボンである。
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かつて日光修験が盛んなりし頃、磐梯吾妻ではそれをはるかに上回る過激な回峰行が行われていた。その核心部がこれから辿らんとする中津川渓谷の地獄駆けのルートである。60年近く前、父も仲間達とここを越えていったという。先人達の実績に勇気をもらって先へ進む。
次の観音滝は左岸を巻いて軌道跡に上がれば良いことを知っているので不安は無い。ところが、その手前のゴルジュを左岸のホールドを利用して回り込もうとしたが、行き止まりとなった。流れのきつい場所で泳ぐのを嫌って、そのまま崖をよじ登って軌道跡に這い上がる手に出た。斜度70度以上ありヒヤヒヤもの。岩がボロッときたら死ぬな。幸い、上部には木が生えているのでなんとか窮地脱出。このまま観音滝を巻いてしまおうと軌道跡を進むと、崩落地点が2箇所出現。古い緑色のトラロープが張られているのでこれを利用してなんとか渡ったが、今回の山歩きで最も危険な瞬間であった。もう一度やる自信はない。
観音滝に達すると下から巻き道が上がってきている。これを下って写真を撮るのは可能だが、体力温存のため無視して観音滝上部に下る。草付き斜面の様子では、今年になって遡行した人はほとんどいないようであった。さて、中津川林鉄の伝説の橋脚跡はもうすぐのはずだが、前方だけを見ていると何故か気づかない。キョロキョロ周囲を見ながら遡行してついに発見!
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中津川林鉄橋脚跡 09:30
橋脚跡にしては変わった構造に見える。右岸側にベロンと垂れている金属はレールではない。
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観音滝上流側に布滝なる滝があるとのことだが、本流にはそのような顕著な滝は無い。正面に見えてきた滝がそれかとと期待したが、左岸側から落ちる支流の滝である。ここで中津川は左に屈曲する。
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支流の滝(これが布滝?) 09:39
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屈曲点を過ぎると沢の中央に岩があり、その奥のゴルジュに巨岩が見えてくる。あれが大岩と呼ばれる場所であろう。
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大岩(奥に見える岩) 09:43
水流は大岩の右にあり、釜を持つ2段の小滝になっていて通れない(泳げば可?)。左側には水の流れていない不思議な穴が開いているがこちらも通れない。
大岩には小さなホールドがあって、へばりついて左に回るように登れば越えていける。
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この直後には美しい瀞が控える。
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瀞淵 10:02
へつる場所はない。腰程度の深さなので川の中央を突破。とても快適。
ゴルジュでは水面より5mもの高みにチシマザサや潅木の枯れ枝が大量に引っ掛かっている。濁流が満ちている様子を想像すると早く逃げ出したくなる。
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大釜を持つ小滝(これが子持ち滝?) 10:16
右岸側(写真左)のテラスを楽に越えていける。下側のテラスは行き止まり。その一段上を行けば良い。
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センジュガンピ 11:04
この時期は谷底に花が少なく、センジュガンピの群落が唯一眼を惹く存在。
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この後、あまりアクセントの無い大岩ゴロゴロの沢底の単調な遡行が数百m続く。「あの小尾根を回り込めば権現沢かな?」と何度期待して裏切られたことか。いいかげん遡行に飽きてきたころ左岸側に立派な滝が現れる。権現沢の出口は意外に狭く、突如現れるという感じ。
権現滝 11:48
支流の権現沢の滝であり、遡らずとも中津川本流との合流点から写真の様に見える。
かつて地獄駆けの修験者はこの沢を遡行し、吾妻山神社に向かった。周囲が切り立っているので巻くのは難しそうだが、実際に遡行した記録があるのでやれなくもないだろう。
ここはいざというときの貴重な脱出ルートである。吾妻山神社跡まで標高差300m以上の遡行となる。ただし、吾妻山神社跡を見つけられる保証はないので、一度登山道を辿って詣でたことのある方向き。
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中津川本流と権現沢間の尾根先端を回り込むとそこには水量豊富な神楽滝が豪快に轟く。
巻きの途中にあるヤケノママを指す道標(上)
神楽滝(右) 落差約40m 11:56
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神楽滝は左岸を120m以上大高巻く。巻き道は中津川本流と権現沢の中間尾根にあるという。なんとなく右手の木の根の張り出しが不自然なのでこれにつかまりよじ登ると、目の前に噂の残置ツェルトがあった。ここまで上がって行方不明になるとは考えられないので、重い荷物を嫌って置いていった確信犯なのだろう。シャクナゲが生える急な尾根は登り難く、掴まるものが無い場所もあり、いつ進退窮まるかと思うとヒヤヒヤする。大木には古い道標が打ち付けられており、確かに登山道として整備された歴史があるようだ。しかし、神楽滝側の崩落は進行中であり、将来はこの尾根を巻くことは不可能になってしまうのではないだろうか。高巻きの途中で右岸側に落差100m以上の美しい一条の滝が見える。
尾根の傾斜が緩やかになったところで踏み跡が消失する。左を見るとチシマザサの急斜面に下っていくように見えなくはない。先人の記録を確認し、地形図を確かめて、半信半疑で下る。チシマザサで足が滑って滑落しかけ、四十肩の右肩に激痛が走った。最後までチシマザサをうまくつないでいくと夫婦滝の手前に降り立つ。
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夫婦滝 12:48
大高巻きを終えたばかりでもあり、穏やかな滝相を見ていると安心して一休みしたくなる場所である。落差は10m程度だが、今回見た滝で最も美しく感じる。
右岸側(写真左側)に鎖が一本下がっており、これでバランスをとれば容易に越えていける。
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静滝 12:59
落差12m。左岸手前が草付きのガレ沢になっており、ここできれいな飲み水を補給可。
右岸側から越える人が多いようだが、左岸(写真右側)のガレ沢を少し登ってから岩場をへつると鎖が一本下がっていて、安全に越えることができる。
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しばらく単調な遡行を経ると、大迫力の熊落滝の側壁が見えてくる。いよいよ本日の正念場、疲れたなんて言ってる場合ではない。自然と気持ちが引き締まる。
熊落滝にて 13:38
疲れるので近づかなかったが、滝そのものは落差約20mという。それより、高さ100m以上あろうかという周囲の側壁が圧巻。熊落滝の先で谷が右に屈曲し、幻の不忘滝が隠れているという。
中津川遡行の核心部が熊落滝左岸の大高巻き。左岸を100m程度登ってから道のない激薮をトラバースして、不忘滝の上部に降りるとのこと。トラバースが足りないと懸垂降下必至。この滝を巻くことを想定して懸垂降下の準備をしたのであるが、高巻きどころか山に逃げてしまったので結局使用せず。安全確保のためとはいえ、重かった。
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もう滝はたくさん。この大側壁を見ることができただけで十分に満足。食傷気味になって、この時点で朱滝なんてどうでも良くなってしまった。時間的には余裕があるので、ヤケノママまで行ってしまおう。この後、延々と薮漕ぎが続くので腹ごしらえをして薮歩きの服装に着替える。
熊落滝のだいぶ手前の草付きガレ場に先行者が登っていったような跡がある。踏み跡のようでもあるし、大雨時の水流跡にも見える。しばらく登っていくと滝が落ちており、右側を巻いて直登。傾斜が緩くなった辺りで踏み跡らしきものは消失。おそらく熊落滝上流に向かって薮中を数百mトラバースするのであろう。当方はそのまま直登を続ける。中間地点から平坦な場所に抜けるまでにもう一回崖を越えなければならない。最後の崖は部分的に斜度70度位で上部に抜けられる場所がある。チシマザサや木の根を掴んで体を持ち上げる繰り返しであり、足が滑ったらどこまで滑落するか判らん。水を吸った渓流シューズ・ロープ・アユタイツがさらに重量を増す。体力を使い果たし、最後の最後でどうしても体を持ち上げられずに一休み。標高差約180mの直登りで脱出するのに1時間以上要した。
這い上がったところは丈の高いチシマザサの薮があって歩きにくい。日光が入るため薮が濃くなっているので、崖の縁沿いに進むという案は放棄。北東方面に向けて原生林奥へ突き進む。100mも進めば鬱蒼としたアオモリトドマツで日照が遮られ、薮が消えチシマザサの島が点在する程度となる。平坦で障害物なし。これほど美しく広大な原生林を見たことが無い。
ヤケノママに近づくと傾斜が大きくなり藪も徐々に濃くなってトラバースしにくくなってくる。よって、地形が平坦なうちに高度を稼いでおくのがコツである。今回は高度計が無いため、旧登山道のだいぶ下方を平行して歩いてしまったらしい。赤布も赤ペンキも見かけなかった。北北東に進むこと一時間。だいぶ沢音が近くに聞こえるようになった。すでに朱滝は過ぎているはずだが、ヤケノママ手前の支流の谷をまだ横断していない。方位磁石の指し示す北の方角は斜め下りであり、そのまま北に進むと中津川に出てしまうことになる。もう一回登り帰す余力は無いので観念してまっすぐ北に向かうと、ようやく支流に降りることができた。場所は支流が中津川に注ぎ込むナメの真上である。再び渓流シューズに履き替えナメを下り中津川の小滝下の大釜に出て、左岸側を巻いてヤケノママに至るガレたゴーロに出る。かすかに硫黄臭も漂う。
ヤケノママで一本の沢が左岸側から合流する。この地点の岩の上に小さなお地蔵さんが簡易セメントで取り付けてあるはず。果たしてお地蔵さんは健在であった。適度に砂地もあり、ツェルトを結わえ付ける潅木もある。ここを本日の幕場とし、初日の行動を終了。
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ヤケノママ地蔵 17:27
遊び心のある人がいるもので、開けた幕場適地の岩上にセメントで固定されている。高さ約10cm。
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空は快晴。夕方は暖かで半身裸でも気持ちよい。小虫がいて、たかるとチクチクするのだが、低地のブユみたいに血がでるような噛み方をしないのであまり気にせずにいた(ヌカカの仲間らしく、後日大量に噛まれた箇所が痒くて閉口。)。夕食をとってツェルトに入ってライトをつけた瞬間、小虫が数十匹入り込んでいて一斉に飛び掛ってくる。潰すのに小一時間を要す。
8時頃に就寝・・・のつもりだったが、2時間ほどまどろんで寒さで起きてしまった。雨具を着込もうと荷物を取りに外に出てみると、まだ10時だというのに冷え込んでおりイタドリの葉っぱは夜露びっしょり。空は満天の星。眼が悪くなってから天の川がこんなにくっきり見えたことは無い。夜空が美しいのは良いことだが、放射冷却の強さは想定外。つらい一夜の始まりだった。
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